神社巡り

源氏三神社と清和源氏・摂津源氏・河内源氏

「源氏三神社」

源氏は二十一流ある

第52代嵯峨天皇賜姓皇族(しせいこうぞく)「源氏二十一流」第52代清和天皇
ISBN 9784585210535リンク
第52代清和天皇源氏=清和源氏

源氏は二十一流あります

「源平藤橘」

清和源氏から摂津源氏、河内源氏へ

経基王(源経基)源経基
リンク

六孫王神社

清和源氏の始祖、源経基を祀る六孫王神社

鎮座地 京都府京都市南区壬生川通八条角
主祭神 六孫王大神、天照皇大御神、八幡大神
創建 伝・応和3年(963年)
社格等 旧郷社
その他 京都十六社

京都駅から西、東寺の近くに鎮座する六孫王神社は963年に経基の邸宅「八条亭」の跡地に経基の遺言によって墓所を建立、そのまえに社殿を造営したのが当社の創建と伝わります
経基が清和天皇第六皇子の子で天皇の孫であることから「六孫王」と称されました
中世は荒廃するも、1701年に水戸黄門様でもある水戸藩二代目藩主水戸光圀に働きかけ清和源氏を自認する徳川家を動かし再興、その社殿が現在まで残ります

多田庄にて清和源氏が発祥

源満仲
HannahOwn workLink源経基の子の源満仲「朝家の守護」

源満仲が武門の最高栄誉職の鎮守府将軍に源氏で初の任命(とされる)

頼光頼親頼信頼親から大和源氏頼信流より河内源氏源頼朝足利尊氏源義経

清和源氏発祥は源満仲

多田神社

清和源氏発祥の地、多田神社

鎮座地 兵庫県川西市多田院多田所町1-1
主祭神 源満仲(一の宮)、源頼光(二の宮)、源頼信(三の宮)、源頼義(四の宮)、源義家(五の宮)
創建 天禄元年(970年)
社格等 旧県社、別表神社

初期清和源氏の本拠地であった多田荘(現在の兵庫県川西市)に鎮座する清和源氏一門の祖廟として970年に創建しました
970年に摂津守源満仲が住吉大神のご神託を受け初期清和源氏の本拠地であった多田荘に居館を構え多田院が建立されました

もともと天台宗のち真言律宗の寺院多田院法華三昧寺であり、現在も多田院の名称で国の史跡に指定されています
江戸時代に入ると徳川将軍家からの寄進により造営された本殿、拝殿、随身門は国の重要文化財に指定されています

御祭神はもともと清和源氏発展の礎を築いた源満仲とその子頼光でしたが、明治の神仏分離により河内源氏三代を合わせた五公を祀るようになりました

藤原道長清原致信

武家の棟梁として躍進した河内源氏

源頼信
Link源満仲の三男頼信頼信頼義義家香呂峰河内源氏源頼義
Link武家の棟梁とは河内源氏流

河内源氏が武家棟梁の地位を確立

壷井権現社

河内源氏の宗廟、壷井権現社

鎮座地 大阪府羽曳野市壺井605-2
壺井権現社
主祭神 源頼信公、源頼義公、源義家公

壺井八幡宮
主祭神  誉田別尊、神功皇后、仲哀天皇
創建 康平7年(1064年)
社格等 旧村社

前九年の役を平定し凱旋した頼義によって河内源氏氏神の石清水八幡宮を勧請し壺井八幡宮が創建され、武家源氏棟梁の河内源氏の総氏神としました
また壺井八幡宮の社殿に並ぶ壷井権現社は義家の六男義時が創建し、河内源氏の宗廟としました
中世は荒廃しましたが江戸時代徳川家綱の時代に本殿、中門、壷井権現社本殿、拝殿が再建されています

鎌倉に鶴岡八幡宮

八幡太郎義家の活躍


Link義家「天下第一武勇之士」「八幡太郎義家」

頼信、頼義、義家を河内源氏三代と呼び、鎌倉幕府を開いた頼朝の直系の先祖にあたる

まとめ

  • 源氏は主なもので二十一流ある
  • 源氏とは臣籍降下による賜姓皇族である
  • 清和天皇第六皇子の子で天皇の孫、経基王(源経基)の流れがその後強大に
  • 源満仲が鎮守府将軍に任命され、清和源氏および摂津源氏を興す
  • 源満仲の三男頼信が河内源氏を興す
  • 頼義とその子義家が活躍し武家の棟梁として地位を確立する
  • 河内源氏流が鎌倉幕府、室町幕府を興し武家の棟梁=河内源氏=源氏の棟梁となる