倭文神社(鳥取県倉吉市)

しどりじんじゃ

倭文神社(鳥取県倉吉市)(しどりじんじゃ)は鳥取県倉吉市に鎮座する神社

式内小社県社

神社情報

 ご由緒

倭文神社(しどりじんじゃ)は鳥取県倉吉市に鎮座する神社。 延喜式神名帳に比定される式内小社。 旧社格は県社。
創立年代不詳。
『文徳實録』斉衡3年(856)8月の条に「伯耆国倭文神従五位上」とあり、『延喜式』神名帳(927)には「伯耆国久米郡倭文神社」と記載されている。
鎮座地志津は社号の倭文に通じる。後世に至り志津大明神、また伯耆国三ノ宮と称され、武門武将の崇敬篤く、多くの社領を有した。嘉慶2年(1388)以来、永享、天正2年、寛永5年、天和3年、正徳5年、享保16年、宝暦2年(1752)には当時の国主により社殿の建立、社領の寄進がなされたと伝える。
明治4年郷社に列し、倭文神社と復称。
大正6年3月福富の村社福富神社を合併。昭和17年5月県社に昇格した。戦後福富神社が分離。
神代の昔、天孫降臨に先立ち武葉槌命は、中津国平定の詔勅を受け、軍を当社の地に進め、東(山田宮)、西(橘宮)、南(藤井宮)、北(王代宮)に夫々監視所を設け、之に守護神を祀り陣営を堅められた。
これより先は単身出雲に入り大國主命と神謀り、遂に国土奉献の偉業を成就された。この神業と最も深い関係にあるのが当社の地にあった御神宮(御陣営)である。
また当社は経津主神が軍使として出雲へ御征討の時、御陣営に当てられた神跡であるとも伝えられる。(以上社伝による)

 ご祭神

経津主神、武葉槌神、下照姫神、伊弉諾命、伊弉冉命、誉田別命

 社格等

 最寄駅

なし

 鎮座地

日本、〒682-0613 鳥取県倉吉市志津208

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