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石切剣箭神社

石切剣箭神社

  • いしきりつるぎやじんじゃ
  •  東大阪市東石切町1-1-1
  •  2.8k
  • 式内小社
  • 村社

石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)は、大阪府東大阪市にある神道石切教の神社。 延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内小社(旧社格)。「石切劔箭命神社二座」。 「石切さん」「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれ、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名。 創建年代は、火災により社殿及び宝庫が悉く消失したため詳らかではないが、 代々の社家「木積」家には、皇紀2年に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを神社の起源とし、崇神天皇の御世に現本社に可美真手命が奉祀されたと伝わる。 現在確認できる文献では、日本三代実録(巻十一)に「貞観7年9月22日に河内国正六位の石切劔箭神社従五位下を授く」との記述がみられ、延喜式神名帳にも「石切劔箭命神社二座」とみられる。 宮山の地にあった祭祀の場は、いつの頃か現上之社の場所に遷され、さらに明治38年には現在の本社本殿に合祀された。 その後も、上之社のあった土地は、奥の院として信仰を集め、いよいよ再興の気運が高まり、昭和7年に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移し、昭和47年に往古の姿を取り戻した。

武蔵御嶽神社

武蔵御嶽神社

  • むさしみたけじんじゃ
  •  東京都青梅市御岳山176
  •  1.4k
  • 式内小社
  • 府社

武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)は、東京都青梅市(武蔵国多磨郡)にある神社。武蔵御岳山の山上に鎮座する。櫛真智命などを祀る。中世以降、山岳信仰の霊場として発展し、武蔵・相模に渡る信仰圏を獲得した。式内大麻止乃豆天神社という説があり、旧府社である。現在は神社本庁に属していない単立神社である。 崇神天皇7年(紀元前91年)の創建とされ、天平8年(736年)に行基が蔵王権現を勧請したといわれる。 文暦元年(1234年)に大中臣国兼が荒廃していた社殿を再興し、以降は修験場として知られ、関東の幕府や武士から多くの武具が奉納される。慶長10年(1605年)には大久保長安を普請奉行として本社が、元禄13年(1700年)には弊殿と拝殿が建立された。 明治に入ると神仏分離によって、それまでの御嶽大権現から大麻止乃豆天神社に改称した。これは当社が延喜式に載せられている「大麻止乃豆天神社」に比定されたためであるが、同様に大麻止乃豆天神社であると比定される神社が他にもあったため(稲城市大丸の大麻止乃豆乃天神社)、御嶽神社と改称した。昭和27年(1952年)に現在の武蔵御嶽神社に改称した。

月夜見宮

月夜見宮

  • つきよみのみや
  •  三重県伊勢市宮後1丁目
  •  935
  • 式内小社
  • 神宮125社

月夜見宮(つきよみのみや)は外宮(豊受大神宮)別宮で、三重県伊勢市宮後1丁目にある神社である。 月夜見宮は外宮から北へ約300m、伊勢市駅から西へ約500mにある外宮別宮である。神宮の別宮は基本的に1の社殿につき祭神は1神であるが、月夜見宮は月夜見尊(つきよみのみこと)と、その魂の月夜見尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)の2神を祀る。1の社殿に2神を祀る別宮は他に外宮別宮の風宮(かぜのみや)と内宮別宮の風日祈宮(かぜひのみのみや)があり、いずれも祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)である。 「つきよみさん」とも呼ばれるが、同じく「つきよみさん」と呼ばれる内宮(皇大神宮)別宮の月讀宮は、祭神は同じであるが別の神社である。 最高神天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神の月夜見尊が祭神であるが、外宮別宮としては豊受大神の魂を祭神とする多賀宮(たかのみや)、外宮の地主の神である大土御祖神(おおつちみおやのかみ)を祭神とする土宮(つちのみや)に次ぐ3位で、風宮(かぜのみや)より上位である。内宮別宮として第2位の月讀宮と異なる。内宮には境外別宮が月讀宮、瀧原宮、伊雑宮、倭姫宮の4社あるが、外宮の境外別宮は月夜見宮1社のみである。