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雄山神社中宮祈願殿

雄山神社中宮祈願殿

  • おやまじんじゃちゅうくうきがんでん
  •  富山県中新川郡立山町芦峅寺2番地
  •  180
  • 式内小社
  • 国幣小社
  • 別表神社
  • 諸国一宮

雄山神社(おやまじんじゃ)は、富山県中新川郡立山町にある神社。旧称は立山権現・雄山権現。式内社、越中国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。 中宮祈願殿は、かつて中宮寺(芦峅寺)と呼ばれた神仏習合の施設。芦峅寺における立山信仰の拠点である。 立山の主峰「雄山」を正面に頂く位置にあり、開祖佐伯有頼は、この地で晩年を過ごした。 古来より武将や公家の信仰も篤く「お姥様」への献上品が奉納された。 周辺に宿坊や、女人救済のための行事を行なう布橋などがある。 女人禁制の立山信仰において、立ち入る事が出来た最終地でもある。 芦峅寺の信徒は、「一山会」と呼ばれる独自の組織をなしていた。彼らは16世紀以降、諸国配札檀那廻りを行い、立山の縁起図や立山牛王紙、そして薬草や薬紛などを配置し、翌年に代金を受け取っていた。越中売薬の起源とも呼ばれる組織である。 境内奥に西本殿(立山大宮)と東本殿(立山若宮)がある。「祈願殿」は江戸時代までは大講堂と呼ばれていた建物で、雄山大神を始めとする立山山中36社の神が合祀されている。

石鎚神社奥宮(頂上社)

石鎚神社奥宮(頂上社)

  • いしづちじんじゃおくみやちょうじょうしゃ
  •  愛媛県西条市 石鎚山頂上
  •  173
  • 県社
  • 別表神社

石鎚神社(いしづちじんじゃ)は、愛媛県西条市にある神社。西日本最高峰石鎚山を神体山とする神社で、山麓に鎮座する本社(口之宮)、山腹の成就社(中宮)と土小屋遙拝殿、山頂の頂上社の4社の総称である。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。石鎚山総本宮と称し、宗教法人・石鎚本教の総本宮でもある。神紋は丸に石の字。 頂上社は標高1982メートル、西日本最高峰の石鎚山、山頂・弥山に鎮座。 石鎚大神の御降臨の磐境。山頂への参道には「鎖の行場」で名高い試しの鎖、一之鎖、二之鎖、三之鎖がかけられています。鎖の合計距離は約230メートルになり、険しい岩場にかかるこの御鎖にすがる時こそ、邪心を捨て、無我の境地を体験する、まさに命がけの行場である。 頂上社には、三つの御神徳(神様のお蔭)を表す三体の御神像、玉持ちの御神像、鏡持ちの御神像、剣持ちの御神像が祀られ、御神像を直接身体に戴いて御神徳を受ける特殊神事「御神像拝戴」を受けることができる。この神事は全国八万神社のなかでも当神社のみで行われている。 5月1日から11月初旬まで開門され、冬期は閉鎖されている。

宗像大社辺津宮

宗像大社辺津宮

  • むなかたたいしゃ へつみや
  •  福岡県宗像市田島2331
  •  100
  • 式内名神大社
  • 官幣大社
  • 別表神社
  • 一代一度大神宝奉献

宗像大社(むなかたたいしゃ)は、福岡県宗像市にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社(かんぺいたいしゃ)。日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社である。全国の弁天様の総本宮ともいえる。裏伊勢と称される。「宗像大社」は沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮の三社の総称であるが、現在では辺津宮のみを指す場合も多い。伝えられる伝承では日本神話の話に起源を持つという。天照大神と素戔嗚尊の誓約(うけい)の際、天照大神の息から生まれたのが宗像三女神ということになっていて、彼女達は天照の勅命を奉じ皇孫を助けるため筑紫の宗像に降りこの地を治めるようになったのが起源とされている。 宗像は『古事記』では胸形という字が当てられ、また胸肩、宗形とも表記されるが、元は水潟であったとする説もある。古くから海の神として信仰を集めてきたが、神功皇后が三韓征伐の際ここに航海の安全を祈り霊験があったといわれ、事あるごとに国に幣使を遣わす習いになったとされる。またこの逸話からは航海安全の守護神として崇められるようになった経緯がうかがえる。 大化の改新(645年)によって国郡の制が敷かれると、宗像一郡が神領として与えられ、豪族宗像氏が神主として神社に奉仕し、神郡の行政も司ることになった。 鎌倉時代以降は武家の信奉もあり小早川隆景、筑前黒田氏などによる社殿の造修営、社領の寄進が伝えられている。